熊野の筆作りの歴史は今から約180年前、江戸時代末期にさかのぼります。
当時、農閑期の生活を支えるため紀州(和歌山県)熊野地方や大和(奈良県)吉野地方に出稼ぎに出るものがおり、かれらはその帰途奈良に立ち寄り、筆や墨を仕入れて行商をしながら熊野へ帰ることを常としていました。これがきっかけで熊野と筆が結びつきました。
筆作りの技術は、広島藩の御用筆司や摂津の国(兵庫県)有馬で学んだ者により広められたと伝えられています。当時これといった産業のなかった熊野で、筆づくりは新しい産業として取り入れられ、先人達の努力と情熱によって産地技術としての基礎をなし、
その優れた技術は連綿と現代に受け継がれています。熊野筆は、昭和50年には毛筆産業として初めて通商産業大臣により、書筆の分野において「伝統的工芸品」の指定を受けました。
瑞穂も製造する「化粧筆」と呼ばれるメイクブラシの生産は昭和40年代に始まりました。熊野町の化粧筆生産量は国内生産量の90%以上にのぼり、世界の有名化粧ブランドにもその品質が認められ、OEM供給を通じて、広島、国内の枠を飛び越え、世界のマーケットに供給されています。



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